くやの気ままなブログ

大学3年の男が吹奏楽、ゲーム関連の事を中心に書いてゆく。パワプロ再現選手のパワナンバーを公開しています!

絶対全国大会にいかなければいけない重圧

 どうもこんばんは⭐️くやです😉

 

今日は僕が高校3年生の時の事を書いていきたいと思います。

吹奏楽強豪校の重圧

 僕は

「T大学付属T輪台高等学校」の吹奏楽部に所属していました(全然隠せてねぇ笑)。

 

 2016年。僕は高3になり、運良く打楽器パートのトップ奏者になりました。集金やパートの点呼、帰宅確認など演奏面以外でパートをまとめるのが「パートリーダー」で、演奏面、技術面でパートを指示するのが「トップ」と言われる役職です。当時トップ奏者は「コンクールに出場するメンバーを決める」という最強に責任重大な仕事がありました。その事については後ほど書いていきます。笑

 周囲から「吹奏楽強豪校」というレッテルを貼られていた学校なので、強豪校特有のプレッシャーはありましたね。僕が1番プレッシャーだと感じたのは

「全国大会に出てあたりまえ」

だと思われていた事です。これがいちばんキツイ。自分の代だけ全国大会に行けなかったらどうしよう…って何回も考えた事があります。当然ですが毎年全国大会に出場できる保証なんてあるはずもなく、東京では予選→都大会(支部大会)で上位に入らなければ全国大会に出場する事は出来ません。

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全日本吹奏楽コンクールの会場でおなじみ「名古屋国際会議場

 責任を取る

 各パートのトップ奏者は「パート全体の演奏の質」を向上させるようにしなければいけません。自分の練習をしつつ、後輩からの質問に応えたり、パート全体での練習を行ったり、他パートとろ練習を計画したり、講師の先生に連絡をしてレッスンの予定を入れたりと、とにかくやる事が多いです。僕は打楽器パートだったので、楽器の割り振りを決めたり、セッティングの決定も行っていました。僕にとって簡単な事ではありませんでした。

 あらゆる事をやるという事はあらゆる面で責任を取ることになります。合奏してパートの出来が悪ければ当然責任を取ります。僕は責任を取る事が出来ないクズ人間だったので、後輩が上手く演奏出来なくて「打楽器パートまだダメだな」みたいな事を先生に言われた時はいつも「俺のせいじゃないんだよなぁ」と心の中で思っていました笑

ホントサイテー。

コンクールメンバー決め

 ハゲそうになったのはコンクールのメンバー決めですね。まず8月の吹奏楽コンクール東京予選にむけてのメンバーを決めます。東京のコンクールには

  • 吹奏楽コンクール全国大会を目指すA部門(課題曲+自由曲 55人まで)
  • 中編成 B部門(上位大会無し 自由曲のみ 35人まで)
  • 小編成 C部門(上位大会無し 自由曲のみ 20人まで)

が存在し、T輪台高校は全部門に出場します(少なくとも僕の現役時代まではそうだった)。というわけでそれぞれの部門のメンバーを各パートのトップが決めます。この学校では4つのグループに分けます。

  •  A編成…いわゆる「コンクールメンバー」55人
  •     B編成…B部門での最優秀賞(その日の1位)を目指す35人
  •     C編成…C部門での最優秀賞(その日の1位)を目指す20人
  •     D編成…それ以外の1年生。初心者の子などが入る。約30人

正直ここではそんなに悩む事はありません。うまい具合に振り分けます。

支部大会前

8月のコンクール予選で金賞を受賞し、支部大会進出が決まると、もう一度A編成のメンバーを考えます。予選から支部大会まで1ヶ月くらいしかないのでここではあまりメンバーは変わらなかった記憶があります。

運命の支部大会

 9月。運命の支部大会です。正直全国大会より緊張します。全国大会はもうそれ以上の大会が無く、自分たちのやりたい音楽を存分に披露するだけなので意外とそこまで緊張しません。しかし、支部大会は全国大会出場をかけた大一番なのでめっちゃ緊張します。

 自分の代まで全国大会に連続出場しているのに落ちたらやばい

 全国大会いけなかったらどうしよう

結果発表までそんな事ばかり考えていました。

 

 ……全国大会出場をなんとか決めると、いよいよ次は全国大会です。全国大会はだいたい10月末ぐらいにあるので1ヶ月半ぐらいコンクールの練習が続く事になります。

ハゲる全国大会メンバー決め

 支部大会後、もう一度A編成のメンバーを考えます。本当なら同じ3年生の友達全員をA編成にしたいところではありますが、上手な後輩がいれば後輩をA編成にします。全国大会の10日位前にA編成である1人の後輩が「全国大会に出たく無ない」と言ってメンバーを降りました。ここが3年生を入れる最後のチャンスでしたが、結局別の2年生をメンバーに入れました。色々な事情でコンクールメンバーになれなかった3年生がいました。自分の手で全国大会のコンクールメンバーを決めた時は本当にハゲそうでしたね。

全国大会

 全てを披露する時です。課題曲と自由曲「華麗なる舞曲」

本番の記憶はありません。12分間、緊張するよりも楽しみました。

 

 

…残念ながら結果は銀賞。目標としていた金賞には届きませんでした。表彰式で銀賞を告げられた瞬間「やっちまった」と思いましたが、悔いはありません。悔しいけど。

 

今となっては良い思い出です笑

高校での3年間を経て人間力が上がった…ような気がします。

 

吹奏楽強豪校の部員達も大変な重圧があるんだなと思っていただければ幸いです。

「自慢すんな」「支部大会にすら行けない子がいっぱいいるのに」みたいな事を言う人もいると思います。でも同じ時間とお金をかけて同じ結果を誰しもが出せるわけではありません。強豪校だからこそ一人ひとりが他校に負けない程の圧倒的な努力をしているから結果が出るのであってネームバリューがあるから上手いわけではありません。

今じゃあんな努力出来ないな笑(ダメ人間)

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました⭐️

明日は何かしら書きます笑